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	<title>曹洞宗　白鶴山 倫勝寺 &#187; 法話暖心</title>
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	<description>倫いなく勝れて見ゆる寺林　風の音さえふとく波羅密</description>
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		<title>2010年9月法話</title>
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		<pubDate>Tue, 31 Aug 2010 15:10:34 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[法話暖心]]></category>

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		<description><![CDATA[
猛暑が収まりません。とにかく暑い。猛暑日連日十何日などとは聞いたこともありません。熱中症での死者も相当数となり、日々対処に忙しい毎日です。とにかく自然の流れを変えることはすぐには出来ません。その原因が人間の為すことに依るといっても元に戻すことは簡単ではありません。しかし環境を少しでもよくしようと思うことは一つの力になるだろうと思います。
お盆も例年の如く勤めさせていただきました。暑さと雨の四日間でしたが、やはり日本人にはこのお盆の行事は一大事です。ご先祖様を大事に思い、あらゆるものに敬いの思いを傾けるというよりも、お墓参り、お寺参りを例年通りにしなければならないという畏怖の方が多い気もします。しかしその行為が仏教徒の証しであることは間違いないでしょう。九月はまたお彼岸があります。これもまた仏教行事としては大きなものです。例年の如く勤め、後継にその大事さを伝えてもらえばと思います。そして９月２９日は御征忌、道元禅師樣、瑩山禅師様の忌日となります。両大本山では盛大に供養法要が営まれます。お彼岸と共に是非とも檀徒の皆様も手を合わせる日にしてもらえればと思います。
そして宗門内の事としては宗議会議員の選挙があります。宗門内には様々な事業があり、そのかじ取りに宗議の皆様は尽くして下さっておられます。毎年平安な運営であると問題はないのですが、ここ何年かは大きな問題も抱えています。是非とも問題解決に早期に取り組んでもらい、本來の宗教的布教活動が円満になることを望んでおります。力関係だけに頼るのではなく、問題解決の為には是々非々で、互いの枠を超えた人間的な対応をしてくださればと考えます。
*******
さて、ご法事の御斎の席のお話です。供養膳を囲んで忌日のご先祖様の話に花を咲かせ、お酒も進むことと思います。先ほどのお経を読むお勤めがお釈迦様お祖師様のお言葉をお伝えする、仏教的雰囲気に浸るという一つの布教の場とすると、このお料理を囲んでの場がもう一つの布教の場となることでしょう。私は長時間座ることが出来ない場合が多いですが、笑ったりお話をお聞きする中で、ちょっとした仏教的な言葉一つを投げかけることにより、宴会とは別な席となり、その意義も大きいものと考えます。ご先祖様を偲ぶことはもちろん、今後の人生の指針となるべきものになってもらえれば幸いです。その意味でも参列者は、飲み過ぎ食べ過ぎに注意し、施主に感謝の意を表したいものです。
施主家はその後は後片付けなど忙しいことですが、汗を為すことで施主家は安寧の心を得、次の供養につなげることが出来るものと思います。
そして一日の仕上げは、ご先祖様の安住の地としての墓所のお参りをし、さらには菩提寺の本尊様、お釈迦様にお参りをすることで、一連の供養が一つの区切りとなります。このご本尊様へのお参りが本來のご法事の目的とされることもあります。
仏様に供養をし、法・お経を大事に聞き伝えること、僧・お坊さんや参列の皆様に供養することで、仏法僧の三宝を敬うという心になることでしょう。
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		<title>2010年8月法話</title>
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		<pubDate>Sat, 31 Jul 2010 15:56:52 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[法話暖心]]></category>

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		<description><![CDATA[
先月よりの猛暑、大変なものです。35度を超えるなどつい数年前までは思ってもいなかったこと、それが連日のごとく各地で記録され、熱中症発症にて数人の命を奪ってしまいました。お年寄りの方、子供達など、対応しきれない人には周りの方々の気配りが必要となります。かといって仕事を止めるわけにはいかず、私も汗との戦いです。一件のご法事で襦袢は汗まみれ、扇風機は有難いのですがなかなか快適とはいきません。夏用の紗の衣、袈裟は涼しそうで参列者には涼味を与えることに一役かっていると思えば、我慢も出来るというものです。これがいつまで続くのやら。日々の規則的な生活で食べるものを食べ、飲むものを飲み、涼しい時間に体を動かし休むべき時には休む。当たり前のことですがそれしかないのでしょう。それこそ心頭滅却ということなのでしょう。
8月はお盆があり、それが終わると私は六葉会書展があり、一年のうちでもっとも緊張する月です。本年は14点の作品を用意いたしました。毎月毎月と展覧会をこなすために作品の締め切りに追われているようですが、この六葉会書展は一年の総決算、当地秋田の皆様に一年の成長を感じていただくためにも、気が抜けないと肝に銘じております。その大きな助けとなってくれるのが表具屋さんです。昨年まで私の作品を一手に請け負っていただいておりましたご兄弟の表具屋さんがおりましたが、お兄さんのご逝去により、今年は弟さん一人に御難儀をおかけしております。亡くなられたお兄さんも毎年この六葉会を楽しみにしてくれており、お仕事というよりも書家と表具師の腕の見せ所、楽しみどころとして精魂傾けていてくれただけに残念でなりません。弟さんに大きな負担をかけていますが、楽しんでお努めいただければ幸いと感じております。
*****
ご法事の続きです。
さて、御斎のお膳で参列者に一食を献げることで仏教徒としての布施行の実践となります。さらには法要開始直後に霊供膳で生飯をとりましたが、それを万物に施すことにしましょう。お水の中に入ったわずかな米粒ではありますが、ご法事でお葬式で月命日でと、霊供膳をお供えする度に実行することが大事になります。玄関先にでも生き物が寄ってきそうな石の台などにそっとあげておくことにより、いつか鳥か虫か猫が頂戴していくことになるでしょう。続けることにより立派な施しとなります。
参列者にはお膳の席ではお酒なども振る舞われますが、飲み過ぎ食べ過ぎに注意し、周りに迷惑をおかけしないように心がけましょう。仏の教えを頂戴した日ですので、あくまでも慎みを忘れないようにしたいものです。
慎みといえば服装ですが、年回供養などではことさら礼服を用いなくとも、あまり派手なものでなく、かといって普段着でもないきちっとした身なりに気をつけていただければと思います。装飾品を多く用いることなく、若い女の人などはあまり肌の露出の少ないものを心がけましょう。
施主としては、参列者に気持ちよく一時を過ごしていただければ、この上ない喜びとなります。もちろん準備や当日の気ぜわしさ、後片付けなど、心身共に大変ではありますが、終わった後の満足感を得ることができれば、今後の生活の大きな糧になることでしょう。
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		<title>2010年7月法話</title>
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		<pubDate>Wed, 30 Jun 2010 15:43:47 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[法話暖心]]></category>

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		<description><![CDATA[
6月、梅雨の時期になり、前半は雨一つない日照り、そしてようやく雨の日が多くなり、その間の晴れ間の日は真夏とめまぐるしい変動に四苦八苦してしまいます。夏の暑さは凌ぐことが出来るようですが、どうも汗かきの私は、法衣をまとっているときの汗には辟易してしまいます。汗との戦いが九月まで続くと思うと少々気が滅入ってしまいます。
そんな6月は、日本中世界中がサッカーワールドカップで盛り上がっております。日本中の国民がサポーターとして選手の後押しをしているようです。監督も選手も重い重いボールを蹴っているような感じがするのではないでしょうか。開幕前の試合では結果が出せず、監督さんも青い顔、マスコミも国民も皆なブーイングの嵐。勝てなければ誰しも面白くないのですが、強い国もあれば体力の勝る国もある。日本は何をすればいいのか、手探り状態だったときのバッシングは少し可哀想でした。そして本番、一勝の価値の大きいこと、一点の重さの大きいこと、手のひらを返したように絶賛のコメント、神様仏様岡田様などとなると、変わり目の早さに驚いてしまいます。まずは選手一人一人の持ち場を守り、人を生かし自分を高めている姿勢に拍手したいと思います。結果としてベスト16、大いなる健闘に感動と涙で国民感謝の意を表していることのすばらしさを覚えました。気持ちを一つに出来るものがあることは素晴らしいことと改めて思い知らされました。
そしてスポーツの話題としては大相撲の野球賭博、これもまた大変な様相を呈してきました。悪いと思いつつも手を出してしまう、やめることが出来ない、そんな誘惑的なことがこの世には数多くあると言うことでしょう。それが立場を考えず、表だったときのことの重大さ。罪は罪として現前として認め、努力のたまものの土俵にはしっかりと努めるというのが本來の姿ではないでしょうか。大甘でしょうが続けることの価値は大きいと思います。純粋な相撲取りとして名誉も金も求めず、努力すればついてくるものとしっかり努めてほしいところです。
***
さて、供養のお経、回向が終わり、ご法事の最後となります。四弘誓願文を穏やかに且つ力強くお唱えいたします。
衆生無辺誓願度（衆生は無辺なりと誓願して度せん）
煩悩無尽誓願断（煩悩は無尽なりと誓願して断ぜん）
法門無量誓願学（法門は無量なりと誓願して学ばん）
仏道無上誓願成（仏道は無上なりと誓願して成ぜん）
そして霊供膳のお箸を偈文を唱えておろし、参列の皆様と共に合掌し三帰依文を三辺お唱えします。
南無帰依仏　南無帰依法　南無帰依僧
さらには低声にてご本尊お釈迦様の名号（南無釋迦牟尼佛）を三辺して儀式を終わらせていただきます。
ここで私ども僧侶による儀式から施主に主人を交代します。施主は本日忌日の仏様とご縁のあった方々にお使いをして参列をし、お経を一緒に聞いてもらいました。日頃のお付き合いに感謝をし、お斎（お食事）を差し上げます。この頃は仕出し店よりお膳を届けてもらい、りっぱな大名膳が並ぶことが多くなりました。先頃までは霊供膳についたお料理を大皿にどんと盛り、それぞれ取り皿にとってという、手間暇かけた家庭的な振る舞いが常でした。立派なお膳は結構ですが、精進料理の精進をご理解いただければと思います。
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		<title>2010年6月法話</title>
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		<pubDate>Mon, 31 May 2010 15:04:02 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[法話暖心]]></category>

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		<description><![CDATA[
新緑まぶしい好時節となりました。この時期一番過ごしやすいように思います。朝早くから様々な鳥の声がにぎやかです。キジ、山鳥、サギ、ムクドリ、キツツキ、鳩、まだまだいることでしょう。川辺にはカワセミもいます。そしてそろそろカッコウがやってきました。カッコウの声を聴くと夏近しと感じてしまいます。そして畑に豆を植える頃とされています。少し先取りしてカッコウより早く種まきをしてしまいました。気をつけないと植えた次の朝に鳩に全部食べられてしまいます。鳥たちもよく見ているようです。自然界を甘く見てはいけません。汗を出してのいたちごっこも、腹を立てなければ幸せの証なのでしょう。
沖縄の人たちにとって、幸せが来る期待が裏切られたようでがっかりしておられることでしょう。政治的・軍事的なことはあまりにも解らずにおるので恥ずかしいことですが、一国の長である首相の言葉はやはり重く感じられます。誰しも公約と言われればそのまま現実となるのを夢見るのが当たり前、だんだんと後退し責任のない言葉になりつつあります。宗教家は理想を語れ、政治家は現実を歩め、という言葉を言った人がいたように思っておりますが、政治家の理想、夢に踊らされた国民はいったい何を信じてこれから一票を入れたらいいのでしょう。
誰しも夢を追い求めての現実ではありますが、それは夢として現実にならなくとも、という思いがどこかにあることは自身で認め、その上での追求をしていることでしょう。近未来をこのようなものにしたいという思いが、現実の歩みにつながります。その近未来がとてつもなく大きなもの、あるいは到底現実的で無いなものであったら、いまここで考えに考えて然るべき行動を起こすべきです。実らない将來を求めるほどつらく寂しいものはないはずです。今ここでの決断も大事なものになるでしょう。首相もとてつもない夢に現実の一つ一つを突きつけられ、現実になる見通しが無いと思ったときに、自分の夢から覚めるべきだったのでしょう。人の意見を聞き入れる耳も持つべきです。
政治家に求められる決断力、判断力は相当のプレッシャーでしょうが、今を生きている国民は少なからずプレッシャーの中でもがいています。そのプレッシャーを障害とすることが無きよう、気持ちをコントロールし、皆さんも時にはお寺の門をくぐることを一つの支えとしていただければ幸いです。
***
さて供養の第３段は総回向と言われる、年回忌の方以外にもすべての者に対してのお勤めとなります。前回同様回向文を引用し、その意義を確かめたいと思います。
『自らはわたらなくとも、すべての人々を先ずさきに、さとりの岸にわたそうと願い続ける菩薩という聖を、きよく・うるわしい月に、たとえようものなら、澄み切った大空に悠々と遊ぶがごとく、何のさまたげも、こだわりもありはいたしません。そのように、この世に生きるたれも、かれもが、浄らかな心をもちつづけるとき、そのきよい心を水にたとえようものなら、そのような美しい心ねの水にこそ、またとえがたい仏の“さとり”の影も宿るというものであります。
うやうやしく仏法僧の三宝の威徳を仰ぎ、合掌礼拝して、三宝があきらかに、みそなわすよう請うものであります。
さて、ただいま、仏の説き給う教典を読誦いたしましたが、そのちからをめぐらして、何代にもわたる、この家の先祖や亡き方々のみたま、もっとも親しい六親等に及ぶ親類縁者、七代もさかのぼっての直系父母、いやそればかりではなく、これまでに因縁の有ったものも、縁もユカリもない人々で、あらゆる世界にいます、よろずのみたまや、世界中にいまして霊識ある方々に、手向けるものであります。
切にのぞむことは、始のないほど久しく、ねづよい迷いや苦しみの根源となる無智の心が、いま・ここで・すぐに消えてしまい、そして、全くこだわりとさまたげのない、正しい理にめざめた、この上ない智慧が直ちに眼のあたりに開かれて、いそぎ、生とか滅とか、分けへだてる迷いを離れたみちを、明らかにさとり、はやく、仏の位に達し、その“アカシ”をえますようにと望むものであります。』
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		<title>2010年5月法話</title>
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		<pubDate>Fri, 30 Apr 2010 15:03:27 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[法話暖心]]></category>

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		<description><![CDATA[ 年度が変わり１ヶ月が過ぎました。例年の春とは比べようがない寒々とした気候にこの大型連休もうきうきしていられない雰囲気です。私の小さい頃の桜はこの連休が盛りで、母の実家のすぐ近くの能代公園によく花見に出かけたものです。能代公園の花見と言えば、それはそれは人手が多く、出店も賑やかに、ぼんぼりも数多くうきうきしたものです。舞台もかかり、民謡、演歌などで大きな音が盛り上げていました。ヘビ使いも来ていたように思います。そんな能代公園でしたが今も桜は体を大きくし、花も立派についてはいるでしょうが、過去の賑わいからは遠い感じがしてしまいます。今年の桜はその当寺の気候に戻ったが如く、この連休が盛り。年々早くなっていたのが今年の寒さを如実に表しています。花見の浮かれ感も近場ではなく、車社会の今、あちこちに遠出が当たり前のようですが、能代公園にも沢山の方がおいで下さりますように。
我が家の畑もおばあちゃんの運動不足解消と思い私も取り組んでおりますが、時間のなさと体力不足をカバーすべく、小型の農機具を一つ用意しました。お隣さんの機械をあてにすることなく、自分の動けるときに出来るので良いのですが、これでまたお付き合いが一つ減ってしまったなと寂しさもあります。これを埋めるには何があるのだろうか、自治体活動への参加も一つでしょう。何か行事を加えるのも良いでしょう。これから何が出来るのか、考えてみたいと思います。
*****
さてご法事の仕方です。本尊上供が終わり、引き続き正當の仏様の回忌諷經に移ります。ここでは亡くなられたその人のために読経させていただくことになりますが、読まれるお経は特定されているわけではなく、お釈迦様のお言葉を私が読ませていただくことにより、亡くなられた方にとっては悟後の修となりますが聞き入れて頂き、参列の方々にはお経の力により心の平安、安寧を得ていただければ幸いな時間です。お経の後の回向文を載せたいと思います。
**

この上なく清浄なる法身、すなわち仏の光は遍くゆきわたり、(一点の曇りもなく)すべて仏ならざるものはなく、おおいなる“やすらぎ”のままに、明らかにあらゆるものを照らし、この世の一切を包摂していますが、かえり来って、ひとたび、世の中をみてみると、そこには、あたかも、夢の中で現れるものに、その実がないごとく、とらわれるべき何ものも実性としてないまま、平等一如でありながら、個々、千差万別の相を呈しているのであります。
恭しく、合掌礼拝して仏、法、僧の三宝の威徳を仰ぎ、あきらかに、みそなわすよう請い願うものであります。
さて、本日は○○の祥月命日で、回忌追善供養の日であります。つつしんで、香、花、燈燭、密湯、菓子、お茶に、めずらしいご馳走をそなえ、仏の説きたもう、お経を読みました。その功徳を回らして、已に仏のさとりの位に入られた“みたま”が、安らぎをえられますよう助けまいらせ、依りてもって報いられています世界が、いよいよ、清らかでありますよう、手向けたいと存じます。
特に、生といい、死といい（及至、迷いと悟りがいりまじり）、水の流れのように、うつりかわる、この世にありながら、あたかも、またと得がたい名珠が、青々とした大海原に輝きを増すように（今は、この世に亡き、あなた＜居士・大師＞は、りっぱな、あとかたを残され）生死の迷いの中にいながら、生死を超えておられます。
そして（苦しみの河をこえ）涅槃の岸にいまして、あたかも、美しい満月が、雲ひとつない天空に光り輝くように（みたまも、安らけく輝くことであります。）
（のこすことなく、もらすことなく）あまねく、すべての人々を導いて、同じように、仏法の目覚めの路を登るよう、切に願うものであります。
「曹洞宗回向文講義」より
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		<title>2010年4月法話</title>
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		<pubDate>Wed, 31 Mar 2010 15:06:31 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[法話暖心]]></category>

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		<description><![CDATA[ いよいよ４月春盛りになるこの頃です。３月お彼岸を終え寒さも終わりかと思いきや、月末まで雪のちらつく寒さでした。２６日のお涅槃会ではストーブと火鉢が大活躍でした。例年通りの法要を済ませたあと、昨年の如くニルバーナコンサートが行われました。今回はシタール奏者の伊藤公朗氏、奥様の美郷さん、息子さんの快さんの三名をお迎えしてのコンサートでした。シタールは、名前は知っていましたが見るのも聞くのも初めてでしたが、伊藤氏の自薦するのが頷けるお寺の雰囲気でした。お釈迦様もシタールも、インド発祥ということで何かしらつながったものを感じました。それにもまして伊藤氏家族の舞台衣装に驚き、インド伝来の服装は一目で観衆を異空間に引き入れてくれていました。
２年間コンサートを行わせていただきましたが、お寺として何をどこまでやって良いのかはいつも自問自答です。音楽をお寺で聴くことを楽しみにしてくれる人も多くいることも解りました。お寺のすることに賛成してくれる人が多くいますが、お寺でこんな事しなくても、と言う方がおられてもおかしくありません。来年に向けて、さらに考えさせられるような気がします。
また、お涅槃会では一昨年より、副住の写真に住職の書を載せてポスターを作製しております。一昨年は観音様、昨年はお地蔵様に「慈愛」の字、そして本年は蓮のつぼみに、正法眼蔵生死の巻の一節を書かせていただきました。お檀家さんに伺いますと、丁寧に額に入れて仏壇の横に置かれている方もいらっしゃいます。ポスターですのでお好きなところに飾っていただき、仏教の教えを感じていただければ幸いです。
３月３１日は先代３０世量功顕一大和尚の命日です。亡くなって４年が過ぎましたが、やはりこの日が来るとまざまざと当時の状況が思い起こされます。今年は法要はありませんが、霊供膳をお供えし、香を焚いて一日穏やかに過ごさせていただきます。
*****
さて、ご法事の流れについて、前回お経の第一段を書かせていただきました。少し戻ります。
準備が整いますと、衣とお袈裟を付け、仏前に立たせていただきます。まず丁寧にご焼香をし、霊供膳の箸を取り香に薫じ、偈文を唱えながら生飯を取ります。この生飯は、供養対象の仏様のみならず、万物の為に供養すると言うことで、わずかですがご飯を別にして、後で外の生きものに施します。
着座して開経偈、三尊礼文をお唱えします。この導師する私の力のみならず、お釈迦様、高祖様、太祖様を深く心に念じ、ここにご降臨を賜り、力になってもらうようにとの思いです。さらには数珠をすりあわせ、私のけがれを無くし、清浄なる身と心でお経をはじめさせていただきますという準備が整います。そこで第一段の般若心経の読誦となります。参列している方々には一々説明はいたしませんが、導師の立ち振る舞いにて、厳かなる雰囲気、気分に持っていければと思っております。それ故、衣とお袈裟も、色のついた刺繍のものを用いさせていただいております。
]]></description>
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		<title>2010年3月法話</title>
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		<pubDate>Sun, 28 Feb 2010 15:01:25 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[法話暖心]]></category>

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		<description><![CDATA[
春という言葉が聞こえてくる3月となりました。暖冬と言われましたが厳冬だった今年、ようやく雪も消えかかり、白一色の世界から彩り豊かな大地の息吹を感じるようになりました。
先月は冬季オリンピックが開催され、毎日血の騒ぐような感動を与えていただきました。オリンピックは国別対抗戦で、その国の旗のもと、国のために戦うというような感じがするスポーツです。しかし各々の選手は自己の技術の鍛錬の発露の一場面で、その時を頂点にもってくることで精一杯でしょう。こちら側で見ていると勝ちたいが為に、メダルを取るためにという意識が強く働くのですが、自分一人が頑張っているのではなく世界中の人が頑張っていて、当然身体的能力、その人に授かった能力で差が出てしまいます。故にメダルを取ったから勝者でとれなかったから敗者とはいえないと思いますメダルを取った人もそうでない人も、そこまでの課程が大事であり、戦い終えたこれからの生活に活かせる大きな財産を生んだことが最も大きな成果だと思います。その意味でその時その時の努力は、その事になりきっているという点では禅の世界に浸っていたといっても良いのではないでしょうか。
また先月は第九教区の一般公開講座「核兵器なき平和への道」が開かれました。文化会館大ホールに７００人の人においで頂き、法話・映画「GATE」上映・講演が行われました。原爆の火が今もってともされ続けており、平和な核兵器のない世の中になる時が来るようにと祈りを続けている人がいます。その火を実験最初の地アメリカトリニティーサイトの地で消そうとする2,500kmにわたる平和の行脚のドキュメンタリー映画でした。その行脚の先頭に立った現永平寺監院、大田大穣老師の法話は、そのお姿と温厚な話しぶりに禅の厳しさはみじんも見せない話しぶりで、落ち着いた心を取り戻しやすらぎを感じました。映画の最後の場面、その実験地のGATEが開かれるのかどうか、その行脚の人々の心の強さで開かれたのではなかったでしょうか。真摯な平和への歩みは多くの人々の心を開かせてくれ、GATEも開かれたのです。その様子を淡々と語る監督マット・テーラー氏の話も人々の心をつかみ、これからさらに核兵器廃絶へ向け大きな力となってもらえればと感じました。多くの人に感動で涙を浮かべてもらえたことは、永く心にとどまることでしょう。若い高校生も来てくれて、同じ思いを抱いていただけたことは、世代を超えての平和への願いを感じた次第です。
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さて、年回忌等のご法事の当日、準備が整いますと読経をさせていただきますが、当寺のお経は約３０分、その中で３部に分かれております。その最初はいわゆるご祈祷的な意味を持つものと言っていいでしょう。般若心経をお唱えし、全ての世界の人々の安穏を願うことです。回向（功徳を他に巡らす）文で表されております。「曹洞宗回向文講義」を引用させていただきます。
仏事供養を行うに当たって、まず、なにはともあれ、わが宗門信仰の上で、安心の帰依処である一仏両祖に供養いたします。「般若心経」を読誦いたしましたが、読経によって得られる功徳を、仏法の門を開き、正法を教えて下さった大恩のある本師釈迦牟尼仏と、大本山永平寺開山の高祖承陽大師道元禅師と、大本山総持寺開山の太祖常済大師瑩山禅師の一仏両祖に、謹んで供養いたし、この上ない仏の位に達して得られる“さとり”の徳を、いよいよ清らかなものにいたしたいと存じます。
特に、誓いそして願うことは、この世における全てのご恩はもとより、仏法僧の三宝の恩に報い、あらゆる世界の生きとし生ける全ての人々が安らかでありますよう助けまいらせ、全ての人々と共に同じく仏の智慧を、まどかにそなえたいものであります。そして心から祈ることは、この家がいよいよ栄え、子孫が絶えることなく幾久しく続き、いろいろの災難や障害が消えて無くなり、何事もめでたくありますように。
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		<title>2010年2月法話</title>
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		<pubDate>Sun, 31 Jan 2010 15:24:48 +0000</pubDate>
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正月1ヶ月も過ぎ、立春の候となりました。暖冬と予想された今年、寒さは例年以上のものがあったと感じております。寒さと雪は例年のことですが、体も気持ちも戦いというのが本音です。それもあと数日で立春、豆をまいて寒さもお終いにしたいものです。気持ちだけでも春となり、行動を開始というところです。
当地では今年1ヶ月を過ごした後の2月1日は厄払いの日とされております。寒さと共に人生の厄をはらってしまおうということでしょうか。女性33歳、男性42歳の厄年の方は、払い、みそぎを済まし、一年の無事を祈ります。さらには還暦の方も大々的に払いをし、次の人生の一歩を気持ちよく踏み出します。還暦はお祝い事で払いは必要ないものと思いますが、何かしらけじめを付けたいという思いなのでしょう。
2月21日、能代山本地区曹洞宗寺院では一般公開講座「核兵器なき平和への道」と題し、法話と映画の会が企画されております。現在永平寺監院の大田大穣老師の発願をもとに、原爆を落とされた、まさにその火を絶やすことなく今なお維持し、「平和の火」として大事にされています。その火を分けてもらい、アメリカ原爆最初の実験の地、トリニティーサイトで鎮めようという行脚のドキュメンタリー映画です。2500キロものアメリカ大地を、僧侶をはじめ支援の方々、平和を祈る人々が歩いて歩いて、歩くことにより平和への一歩一歩をかみしめている様を見ていると、自分自身が歩いているかのように思わされます。まさに禅の世界そのものといえるでしょう。
今回の一般公開講座企画を発願の教区長様の意を31ヶ寺の我々が実行に移し、多くの方にお話を聞いていただき、映画を観ていただくことにより、実感として味わってほしいものと思います。それが平和への道につながるのかと言われれば、直接今はどうこうならないかもしれませんが、今後の生活の中に平和とは何かという問いかけになってくれればと思います。どうぞ多数おいで下さいますよう、ご案内申し上げます。（行事予定参照）
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さて、供養のお話の続きは塔婆についてです。我々ご法事に行きますと、命日に当たられているご先祖様のお戒名を塔婆に書かせていただきます。
お釈迦様はご自身が亡くなってからのことはお弟子さん達にも一切お話になりませんでした。仏教はいかに生きるべきものかを説いていると言っても良いからでしょう。亡くなってからのことより今の修行を大事にしなさいと言われています。しかし、お釈迦様亡き後、お弟子さん達の間ではお釈迦様を敬い、慕っておられた感情を抑えられず、荼毘にふした後の遺骨を分け与えてもらい、それぞれが各地に立派な塔を建て供養をしたとされます。それが現在の形の塔婆供養になってきたものと思われます。
現在では3～5寸くらいの巾で4～7尺くらいの長さの板ですが、当地では次の忌日が遠くなる33回忌、50回忌では柱のような角塔婆も用いられています。形は五輪塔（空風火水地）を模し上部に型取りを入れたもので、大きく太く長くなるほど立派で、供養の心を深く表せるものと思われますが、墓地などの事情で出来る範囲でご準備願います。書き方はいろいろあるようです。私はそのご用意された塔婆に、一円相や円伊の三点水を打し、三世の諸仏を冠として経文の一部を書かせてもらい、お戒名を書いて供養塔にさせていただいております。
当日法要とお斉終了後のお墓参りの折、この塔婆をお墓の後ろにしっかりと納め、一日の法事を締めくくることにより、ご家族と参拝者の心の安堵をもたらしてくれるものと思います。
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		<title>2010年1月法話</title>
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		<pubDate>Thu, 31 Dec 2009 15:10:26 +0000</pubDate>
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新年明けましておめでとうございます。新しき年を迎え、ご家族皆様手を合わせ、今年一年の無事をお祈りのことと思います。人間は一つ一つ区切りを付け、次に進んで歩んできたのでしょう。日本には二十四節気という区切りの月日があり、その時々に種々な行事がなされてきました。その最たるものがお正月です。年の区切り、始まり、大事にしたいものです。
年末のテレビなどでも、お正月のおせち料理の番組などがかなり多くありました。現在では家族構成が変わったなどで作る家庭が少なくなってきたようです。昔ながらの決まった料理など飽き飽きだと思うのでしょう。しかし、無ければ無いで寂しいということで、段重ねの仕出しのおせちが人気があるのも事実です。しかしお値段が高い！どうせ食べるのであればこの機会だから料亭の味がほしいということらしいのです。
我が家のおせち料理を紹介しましょう。黒豆、昆布煮、大根のなます、雑煮汁、そして新潟にゆかりのあるのっぺ汁、茶碗蒸し、そして私の手作りのごま豆腐。ここまではいわゆる精進料理で、さらにハタハタ寿司、きりたんぽと、もちろんお餅。結構品数がありますが、私の小さい時から変わらずに続いております。年末は準備で忙しいのですが、正月三が日は意味合いを持たせ今年一年の幸福をお願いすることも日本人の心として大事にしたいと思います。そしてその家その家の持ち味、まさに味に関してもそうですが、生業もそれぞれ違います。それぞれを大事につなげていくことにも、このお正月の行事が一役買っているものと思います。
とはいっても楽しいことばかりが続くとは限りません。何が起こっても不思議ではないこの時代、不幸が起きないよう、起こさないよう努めて参りたいという心構えもしっかり持ってのこの一年の出発であってほしいものです。お寺の行事の三朝祈祷はまさにこの世のこの国の安穏を願い、みんなの健康、幸福、祈願成就を願っての最大の行事です。これこそ何百年と続いております。そのご祈祷のお札一枚を、皆々様の願いの成就の糧にしてもらえれば幸いです。今年一年のご多幸をご祈念申し上げます。
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さて、お葬式、ご法事などで参列参拝の時に身につけるものとして数珠があります。仏教徒にとっては欠かせない、おまじない的要素のものです。合掌・礼拝の時の法具です。
この数珠は、仏像も持っておられるように、釈尊在世の頃からあったものと思われます。「木槵子経」に由来があるようですが、お釈迦様が世の乱れ（盗賊、飢饉、疫病など）の救済法として、木槵子を１０８つないでそれを持ち歩き、仏法僧の名を唱えながら数珠を繰れば、煩悩が消滅し、安楽を得ることができるといわれたようです。ここから、数珠の数は１０８玉が基本とされます。いわゆる１０８の煩悩を消滅せしめる法具です。１０８の仏、菩薩に守られているというお守り的存在でもあります。珠の数はその他、半分の５４，２７，１４，１０８０などがあります。どの数でも同じ事です。
使い方としては、左手の手首にかける、合掌したときに八指にかける、両中指に緒留をかけ掌中に入れ擦りならす、などがあります。大きさに合わせてお使いください。煩悩を吹き消すが如く、軽くすりあわせても良いでしょう。信仰上の法具ですので、常に身につけ、畳の床に直に置かないよう、不浄なところへは持っていかないよう注意してください。
また、風習としては、百万遍念仏の時に用いるような大数珠もあります。大勢の人が輪になり、心を一つにできる方法といえましょう。数珠をかけての礼拝が煩悩を清め、仏への真の帰依を表していると共に、悟りの世界への功徳とされます。
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		<title>2009年12月法話</title>
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		<pubDate>Mon, 30 Nov 2009 16:00:45 +0000</pubDate>
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		<description><![CDATA[本年もあと１ヶ月となってきました。当地は寒さも加わり、温かいストーブの部屋に閉じこもりがちになってきます。とは言っても冬支度が追いつきません。日々の行事に加え、年末事務が始まり、壇信徒皆様へのお寺からのご連絡などの準備でパソコンも大活躍です。
先の師は全て手作業で１ヶ月以上コツコツと仕事をしていた姿が目に浮かびます。私の手伝いは昔のガリ版刷り、師は学校の先生をしていましたので手際が良く、一枚の原紙で済ませていましたが、私は早く終わりたいため急ぐのと、コツが分からないのでその原紙を反古にしてしまったこともありました。今では考えられない仕事でした。
それがパソコンになり、打ち込みを終えると後は出来上がり、楽になりましたが、その分こちらの気持ちをどうやって檀家の方々に伝えたらいいのか、実際にどう伝わっているのか不安になって参ります。誠心誠意注意を払い、言葉にできることは尽くしたいと思いながらの作業です。
世の中、選挙後の国会運営などでテレビで議論百出です。面白いといえば面白いのですが、実際どのような形で私たちの生活に反映されてくるのか、未だ不透明な気がします。国民の意思での政権変更ですので、どうなろうが委ねなければならないわけですが、今まであまりにも分からないままで物事が進んでいたんだなと思い、それがあからさまになってくると、やり過ぎかなと思ったり人の心は勝手です。
正義とはどこにあるのでしょうか。どこの目線でみた時に一般社会的な見方となるのでしょうか。全ての人の見方が違うように生活様式も違います。これは良くてこれが悪いという判断は時の権力だけで決めることができるのでしょうか。日本人はもっと緩やかな物の考え方で許すべき事は許してきたのではないでしょうか。それが今の時代を造った悪の根源だといわれかねませんが、判断を下してはっきりとしたことで対立が増すことも多くなるような気がします。そして人の心がギスギスしてしまうような気がします。
全てが人間の心を持った人です。歩み寄りたくてもできない人は寂しいと思います。そんな感じで政局を見てしまいます。
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さて、曹洞宗のご本尊様はお釈迦様です。ご法事などで仏壇にお参りし、手を合わせて（合掌）礼拝（低頭、お拝）をします。ご先祖様、いわゆるお位牌にお参りする以前にこのご本尊様にお参りをするという心を持ってもらいたいものです。お釈迦様のお姿に手を合わせていると、お釈迦様があなたをご覧になっています。正しい教えを授けてくれることでしょう。というより、真摯に本尊様と対峙するお気持ちそのものが清浄になられているという事でしょう。
その為にも、仏様には願い事はしないようにし、それ以上に感謝の気持ちでお参りするようにしたいものです。仏様は正しい教えを授けてくれますので、その教えで願い事が叶うよう、あなたご自身が日々善行を積み重ねしていくことで成就することです。
また、今ある自分をご先祖様にみてもらうことで感謝の気持ちを持つことが宗教としての行事であり、さらなる自己追求で生かされていることのありがたさを感じ、ひいては力を他に巡らしてあげるというところまでいければ最高です。その意味でもご先祖様に恥じない生き方をするということで、慎みべき事は慎む心を大事にしてもらいたいものです。
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