2015年5月法話


5月、大型連休に入り天候も暖かくなり、気持ちもハイテンションになっているようです。私も手入れの花々が咲き出し、何かとうきうきしてしまいます。モクレンが散りだし、スイセンがしおれてきましたが、ヤマブキ、ユキヤナギ、オダマキ、チューリップ、色も形も様々ですが、可憐さは人の気持ちを和ませてくれます。仏前への供えにも必ずお花があります。花は仏様のお慈悲を表していると言われます。仏様にお供えすることにより、場を和ませ華やかにすると共に、自分から綺麗に見えるように整えることで、まさに仏様からのプレゼントのようになります。これこそが慈悲に他なりません。他に捧げることが自分に気持ちよく返ってくる、回向遍照です。既にツツジの花芽もふくらみ今日明日にでも開きそうです。半月は早まっている感じです。6月のサツキも早くなりそうです。予定している倫勝寺法会が不安になります。また5月は田んぼに水が回り始めます。代掻きされた田んぼに山笑うが如きの新芽が映し出される、私の好きな風景の一つももうすぐです。 本年の豊作を願いつつ犬の散歩を楽しんでいます。

また地震がありました。ネパールの大地震です。地震による倒壊で1万人くらいの犠牲者が出るのではと言われています。東日本大震災から4年たったとはいえ、地震のニュースには敏感になります。インド・ネパールは仏教の聖地です。世界遺産にも多くなっている場所が、あっという間に失われてしまいました。残念です。しかしこれもお釈迦様のお悟りにあったおさとしです。形在るもの、いつかは失われてしまいます。今後仏教のお釈迦様の思いを伝えることができるものを作り出せるのでしょうか、少しでも多く残し伝えていかなければならないことです。このような自然災害でなくなってしまうのは、まだ心の整理を付けやすいのかもしれません。わざわざ先人の思いを無理矢理壊している過激派組織を見ると、腹が立ってしまいます。自分たちの思いを後世に伝えるにも、いままでの先人の思いを受けていることの感謝の念を忘れては欲しくありません。そんなことでは新しいものを作れないと言われるかもしれませんが、それでもです。人間の根底にあるご縁に感謝すべきです。

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師の作品に「李白桃紅薔薇紫 不妨春色乱欄干」の半切軸があります。出典が何か分からないのですが、禅語に「桃紅李白薔薇紫 曲著春風總不知」の語があります。桃が紅く李が白く薔薇は紫、春に咲くこれらはどうしてそのような色なのでしょうか。春風に訪ねても知ることは出来ない、そのままを受け止め、愛でることしかできない、無駄な詮索はしない方がよいという事でしょうか。それを受けて春の花々が春の欄干の景色を乱して咲き誇っているとでも解したらいいのでしょうか。師は表具に紫の丸長装を施しています。まさに文に合った体と師の思いを受け、書くだけではなく衣を着せて床の間に掛けて一つの芸術ができあがるのだと改めて感じる次第です。


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