2015年2月法話


本年も早一ヶ月が過ぎました。冬最も寒い時期ですが、当地は思ったほどではありません。寒中にもかかわらず雨が数日有り、雪を溶かしてくれました。「雨がえし」という言葉もあるとおり、このあとはまた寒波襲来となるのでしょう。といっても少し内陸では毎日雪との戦いです。例年並み、又は少し多い雪の量なのでしょうか。そんな雪を生かしての小正月行事も2月です。秋田では大館あめっこ市、横手かまくら、湯沢いぬっこ祭り、六郷の竹うち等々、多くの催しがあります。雪に負けていられない、そんな心意気が強い精神を養ってくれることと思います。

今世界を騒がしているのはイスラム国!いかような主義主張があろうと、人の命を奪ってまでやらなければいけないものがあるでしょうか。仏教では、あなたも私も仏の子、皆を敬い慕い、助け合って和合の世界を作ろうとします。その理想を果たす上には決して人命をないがしろにするという事はありません。あなたと手をたずさえ、あなたがいなければ我は無しとして苦を乗り越えてこそ、自由な意義ある世界があるのではないでしょうか。仏教のみならず世界あまたの宗教も、そんな理想郷を目指していると思うのですが、自己主張ばかりの強欲なまでのテロ行為はすぐにやめてもらいたいものです。危機が日本にも迫っていることは確かでしょう。自然災害も多くなり、またこれから人為的恐怖におびえなければならないのは耐え難いことです。和の精神の日本は、心を失わずにいられることを願うばかりです。

そんな心の教育も、必要なことでしょう。今、しかることが出来ない人が多くなっているようです。テレビでやっていたことですが、親が子に、上司が部下に発する言葉があまりにも柔らかすぎる嫌いがあるようです。親も上司も自分が嫌われたくない、良い人に見られたいという思いなのでしょうか。しかし、言わずにはいられないときもあります。そんなときは感情にまかせず、言葉に意を乗せ、優しさを乗せていれば、厳しい言でも相手も理解してくれるのではないでしょうか。言われた方もすぐの反発をやめ、なぜ言われたのかを考えてみると、「言われた」が「言ってもらえた」に変わるのではないでしょうか。亡き父はいつも言葉少なめでしたが、一度しかられたことがあります。理由は忘れましたが、しかられているときに私が言い訳をしようとすると語を強め、「しかっているときは黙ってしかられていろ」と一喝されたときがあります。しかる人もしかられる人も作法を心得ていれば、問題も早く解決するような気がします。

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師の書に「山静似太古」の半切一幅があります。少し風変わりな軸ですが、実に洒落た感じがします。師の得意な隷書ですが、いつもの力強さではなく見せることに主眼を置いた作の気がします。中国近代の書家にもこのような書風の人がいたような気がしますが。

出典は北京の唐庚(とうこう)という人の詩の冒頭句です。「山静かなること太古に似たり」禅語としても用いられ、茶席の一幅にも使われるようですが、言葉としての意味合いも、見る人がその人の心眼でいかようにも解してもらえればいいのではと思います。今日この頃、気忙しい世の中、山に分け入ってみれば、そこは人を寄せ付けない深みがあり、鳥がさえずり虫がうごめき、風を聞きながら心の自由を得られる格好の場所が山なのかもしれません。山登りに「そこに山があるから山を登る」という言葉があります。山の険しさもあるのでしょうが、自然に親しむ心を得られる時をこよなく愛することができるのでしょう。そしてそこに本来の自分が出現していることなのでしょう。

師の作は山に登らずとも、見ることでそれが得られることが出来るでしょうか!


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