2013年5月法話

年度初めの4月もあっという間に過ぎてしまいました。当地恒例の涅槃会も終わり、ゴールデンウィークと共に桜が盛りとなりそうです。花の命は短いもので、“花は哀惜に散り、草は棄嫌に生ふる”の語がある如しです。境内地の草との格闘が始まりました。当寺参道は敷砂利で、何十年と砂利を足して直してきています。車が通るところは草がないのですが、脇には雪解けと共に顔を出します。砂利で堅くなっており、根ごととるには少々時間がかかります。一時間続けてほんの数メートル、あれこれ考えながらは出来ません。たかが草取りですが、只管の時間です。それが終えたときのすっきり感になるのでしょうか。私の先輩のお寺では、コケが庭一面にあり、毎日毎日その中の雑草を取り続けておられます。毎日一坪をとるのがやっととのこと、何十年続けられてようやく雑草が少なくなってきたとのことです。禅的生活そのものでしょう。

そんな当寺の参道ですが、昨今その砂利が不足してきています。小破砂利ですが、現在川からの採取が出来なくなっており、小さいものは在庫もないようです。今後砂利に変わるものを考えていかなくてはなりません。ある檀家のおばあさんの「お寺に行くときの、あの砂利の音が良くてね!」の声が今も耳に残っています。残念ですがどうしようもありません。

4月の終わりにようやく梅と桜が一緒に咲き出しました。4月20日頃には開くのではとの予想も10日程遅く、各地の桜祭りも空振り。期間を延ばしてGW最後まで続けることでしょう。それはそれで賑やかになるのではないでしょうか。地方の人の楽しみは、こんなイベントに出かけることが大きいのです。自然と共に、というところが変わらぬものとして人の心を打つものと思います。

その梅のほころびにちなんだ書があります。「梅、一輪二輪千万輪」茶掛けの一幅に仕立てられています。この書は永平寺の禅師様、秦 慧玉禅師のものです。禅師様の書は各宗派各寺院で“ありがたい”という存在で、多く有ります。曹洞宗でも歴代禅師様の書は珍重され、当寺も山号額、寺号額も禅師様の書によるものです。特に秦禅師様の書はその技量も卓越したものがあり、いわゆる墨跡とも味わいが違い、書作品ともなっています。梅、一輪二輪千万輪、いかにも梅の開き具合をよく表した言葉であろうと思います。我が家の梅も数少ない花を一輪また一輪と日ごとに多くしており、良くできた句と感心させられます。禅師様もこの句が好きだったらしく、記念品的なもの(絵皿)にもしたためられています。この時期のものとして最高なもので、掛けてみますと梅がなくても春満々の気がいたします。こんな書作品を書きたいものです。


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