2012年6月法話

梅雨の季節となりました。やや遅れていた田植えもすっかり終わり、これから成長を楽しみに豊作を願っているところです。

先月、先住・顕一大和尚七回忌法要を厳かに修行させていただきました。御本寺様に焼香師を仰ぎ、有縁の宗侶、お寺の役員さん、親族等々150人位のご焼香を頂戴いたしました。ほっとした気持ちです。一周期、三回忌、七回忌と法要自体は変わることではないのですが、それを務める側の気持ちが少しずつ変わってきているのでしょうか。師亡き生活にも十分慣れ、それぞれの生活がリズム通り行われて久しい分、落ち着き、安まりが余裕を持たせてくれているのでしょう。そしてこんな機会にこそ、行事を務めること自体、そして日々の生活そのものがご恩に報いることだという感を強くさせてくれるものであろうと思います。普段は忘れているようなことがふと思い出させてもらえるのも、良いものだと思いました。この法要に、連れ添った祖母が参列できなかったのは残念でした。

そんなとき、父兄弟で欠席していたおじさんが、ちょうど逮夜法要の終わるときに亡くなられたということで、出席していた兄弟等もびっくりしました。「こんな時に…」という思いですが、そんなこともあるのでしょう。何かお互い通じるところが有るのでしょうか。葬儀には出られませんでしたので、近々ご焼香に伺おうと思っています。

さて先住忌法要に、先住が書いた書の軸を座敷に掛けました。「独坐大雄峰」の半切、私の気に入っている作品です。精神性が高く、澄み切った、それでいて堂々とした作です。行書なのか隷書なのか楷書なのか、そのすべての用法があちこちに見え隠れしている作で、先住の勉強の証でしょう。作品解説などしたことのない師が唯一、軸箱の中に次のメモを残しておりました。

『「独坐大雄峰」の語は「碧巌録」二十六則にあり、百丈懐海禅師の言葉として知られている。禅師は江西省北部の百丈山に居られたので百丈禅師といわれ、百丈山は一名大雄山とも言った。
ある時、ひとりの僧が「如何なるかこれ奇特の事」と百丈禅師に尋ねられた。すると禅師は「独坐大雄峰」と答えられたのである。つまり、仏法にはどんなすばらしいことがあるか、何か奇跡のようなものがあるかと問われて、禅師はこの大雄山に独坐しておるぞと答えられたのである。あらゆる存在のめぐりあわせが、この大雄峰に、仏行としての坐禅を行じているのである。これ以上の奇特事があろうか。まことにすばらしいことである。』


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