2012年4月法話

3/26 涅槃会

四月、いよいよ桜の便りも南から聞こえてくるようになりました。新しい気持ちでの出発です。我が家でも一人巣立ち、社会人一年生となりました。社会の荒波に堪え、乗り越えていけるかどうか、「出来るところまで頑張りなさい、出来なくなったら連絡しなさい」と声をかけましたが、にこにこして「ハイ」どこまで分かっているのやら、四月より研修が始まるようです。

3月31日、先代の7回忌の命日でした。5月2日にお寺として先住忌を計画しており、家内だけでのご供養をさせてもらいました。亡くなった日は寒い日で、遅い吹雪の朝でした。気温の寒さと気持ちの寒さで倍にも身にしみた日だったことを思い出します。高校野球も見ていた台所にふうふうと調子が悪いと現れ、そのまま倒れ込み、救急車で行ったきり12時間後には目を閉じて帰ってきました。あっけない最後でした。人は誰しも死は思いもよらない時にやってきます。まさに現実を突きつけられ、あたふたした自分が情けない気がいたします。

それから丸6年、今年も天候が悪く前晩より大雨でした。春雨には強すぎ、寒すぎ、情緒がありません。5月2日先住忌は桜のもと、すっきりとした天気と気持ちでご恩に報いるべく務めさせてもらいたいと思っております。檀徒の皆様もご参拝、ご焼香ください。

その父が始めた書道の六葉会書展が。いつもはお盆明けでしたが今年は4月2日から5日、場所も県立美術館からアトリオンに移して行われます。私も会員として13回目の出展になりますが、これもまた新しい出発になるのではと思っております。ご都合いい日にご高覧いただければ幸いです。

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さて、先々代29世の頃、昭和30年代前半の時の話をもう一つ。食卓に牛乳が並ぶようになりました。とても濃い、味の深い物だったようです。先月はニワトリの話でしたが、今回はヤギの話です。小さなヤギを連れてきてエサを与えるというより、ひもで縛り野原の草を食べてもらうというように養っていました。その子ヤギをだっこした写真がありました。滋養を考えての祖父の思いつきだったのでしょう。お世話は祖母と母でした。種付け、出産からお乳まで。母も後になって「ヤギは大変だった」と当時を思い話していました。ニワトリといいヤギといいどこかのんびりした生活ですね。そのお乳のおいしいこと、家族は毎日朝夕2回、次第に太り出しました。大人共は肩こりがするようになりました。とりもなおさずお乳の飲み過ぎでした。牛の乳より濃く、脂肪も多いらしいです。そんなこんなで、そんなに長くはなくヤギもいなくなりました。食糧事情も良くなってきていたのでしょう。お寺としては考えられないような自給自足を目指していたのでしょうが、時代がそうさせたのでしょうか。


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